Exhibition 【山田山庵　楽茶碗展　‐自撰を選んで‐ 】Exhibition of Yamada Sanan

並外れた才能、それを自由気儘に発揮し、展観する度に数寄者を驚愕させたほどの腕前であった楽茶碗の名手・山田山庵先生…平成４年に８６歳となり、ご自身が選びぬいた自作の作品集『自撰　楽茶碗　山田山庵』を出版し、巻頭に挨拶文を載せている。
「昭和十年頃の春だったと思いますが、私が商用で名古屋へ行っているうちに、ちょいちょい立ち寄っていた骨董屋さんに中村道年さんという楽焼の作家がおりますが、行ってみませんかと誘われて八事の道年さんの所へ伺ったのが私と楽焼との運命的な出合いだったのでしょう。土から茶碗になる道程に強い魅力を感じ、以来家族のものからは気違いに近いと云われ乍らも夢中で作りつづけて既に五十有余年がたちました。」と楽茶碗造りをされる経緯を語られている。
この度、その作品集の中から、楽茶碗のみ逸品３８点をご縁あって一堂に展示させていただきます。山庵先生は、昭和９年に初代の中村道年先生から土を譲り受けて長次郎茶碗を手本に楽茶碗の手造りを始められた。古美術の蒐集家でもあられる山庵先生は茶道具を商う「山惣」を創業し、後に裏千家老分となるほど茶の湯に深く拘わっていかれた。

光悦黒茶碗「くいちがゐ」を所蔵するなど、まれにみる目利き、「長次郎には低火度の美はあっても、よく溶けた美を発見できず」と、奔放な茶碗を創り出す光悦に私淑し、艶ややかな黒楽と赤楽の釉肌に執着され、心の赴くままに変化を持たせた創作の世界にのめり込んだ。それは土の塊を球形にして手轆轤の上におき、食い入るように手ひねりで土を伸ばしながら見込みから張り出すように容を整え、箆で削っている。山庵先生の光悦写しは次第に、光悦作と見間違えられる程の腕前となり、自身の創意も加えて「今光悦」などと言われ、光悦写しの第一人者となった。
まず、光悦の赤楽茶碗を代表する作品「乙御前」に挑戦したという。どれほどの失敗作があったか計り知れないが、何度も窯や焼成方法も変えられながら試行を繰り返された。

昭和２８年に池袋信用組合を設立、理事長に就任。裏磐梯の景勝地「五色沼」の観光事業にも乗り出し、自作の赤楽茶碗には、この雄大で神秘性豊かな大自然の紅葉や変幻する沼の色調を映しとっていかれた。
この度は「乙御前」（おとごぜ）に倣った赤楽茶碗「多福」も出品される。艶やかな赤楽茶碗は内すぼみになった口縁、たおやかな曲線を描いて掌を優しく包み込む。高台は埋まるように低く申し訳程度に小さく愛らしい。
光悦の黒茶碗には「ノンコウ黒」といわれる艶やかな光沢の美があり、これに魅了された山庵先生の黒楽も漆黒の美しさを保っている。そこに「釉抜け」とか「掛けはずし」といわれる艶のない部分との印象的な対照が、山庵先生独特の黒楽茶碗に存在感を与えて高い評価を得ている。

電力の鬼・松永耳庵は近代茶道を究めた古美術の蒐集家だったが、ある茶会で一碗を点ぜられた際、光悦の本物と思い込み、垂涎のあまり譲渡の交渉を道具商にしたところ、それは山田山庵先生の楽茶碗と分かって、耳庵の早合点が後の語り草になったことがある。耳庵は晩年、小田原の老欅荘（現松永記念館）で、蒐集した古美術品とともに気に入った山庵先生の楽茶碗を使われたといいます。この松永耳庵をはじめ、小山冨士夫、加藤土師萌、磯野風船子、田山方南、林屋晴三などの諸先生方が絶賛されている山庵先生の楽茶碗……漲る芸術性を発揮した山庵先生らしさに溢れた自選の名碗の数々が、待望の展観となった。